神葬祭とはどういうものでしょうか?

いざ、神式の葬儀に参加する必要が出た時に、仏式とどう違うのかわからずに困ってしまうこともあると思います。

それらはこの記事の中に記載してある、神葬祭に関する流れやマナーなどを読むことで、自然と身につけることができます。


しっかりと読んでいくことで、神葬祭へ参加するときの戸惑いや、わからなくて困る疑問などもぐんと減らせると思います。

このページが何かしらのお役に立てば、とても光栄です。


-- この記事の目次 --

1神葬祭とはどういうものなのか?

2神葬祭、どういう流れで進むものなのか?

3「葬場祭」の流れとは

4神葬祭の歴史とは?

5神葬祭、使ってはいけないものやことばとは

6神葬祭についての色々

7まとめ

1神葬祭とはどういうものなのか?


出典元:https://www.pakutaso.com/20161202340post-9734.html  

神葬祭とは、日本固有の宗教である神道による葬儀のことです。

神葬祭に死者を弔うという性質はないため、仏式の葬儀とは大きく違います。

一つ一つ見ていきましょう。

 

1-1神葬祭の意味、性質とは?

神葬祭とは故人にその家の子孫と繁栄を見守るための守護神となってもらう儀式のことです。

もともとは、仏教の葬式と区別するためにつけられた名称です。

 

1-2仏教の葬式とはどう違う?

仏教の葬式との違いとは、仏教の葬式が故人を仏弟子としてあの世へ送り出すのに対して、神葬祭では故人を、一族や家の守り神に祀り上げるという大きな違いがあります。

細かな点で言えば、場所も異なります。

仏教の葬式はお寺でも行えますが、神葬祭は神社では行えません。

なぜなら神社にとって「人の死」とは、「穢れ」であり、神社の神域内には決して持ち込ませてはいけないものだからです。

簡単に違いを述べていきますと、

(1)神道では戒名や法名ではなく諡(おくりな)をつける、またその際に料金は発生しないこと

(2)線香は使わない、代わりに玉串という榊(さかき)などの木の枝に紙垂(しで)をつけたものを奉じること

(3)仏壇ではなく祖霊舎(みたまや)を用意すること

などです。

 

1-3「ご先祖さま」という考え方について

私たちが「ご先祖さま、ありがとうございます」と口にするとき、そこには、神道の基本的な考え方であるところの神を敬い祖先を大事にしようという気持ちが自然に表れています。

死後祀られた先祖が一族を守る祖霊神となって見守ってくれる、という考え方です。

 

2神葬祭、どういう流れで進むものなのか?


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では神葬祭とはどのように進んでいくものなのでしょうか。

以下に一つ一つ見ていきたいと思います。

 

2-1末期の水、手順から違う

家族が臨終を迎えたら、真っ先に行われるのは「末期の水をとること」です。

「死に水を取る」とも言われるこの儀式は、死者が生き返るのを願うとともに、あの世(または祖霊神となるまでの間)で渇きに苦しむことのないようにと行われるものです。

このこと自体は仏式でも神式でも同じなのですが、仏式が湿らせた脱脂綿で故人の唇を湿らせるのに対し、神式では榊の葉に水をつけて伝わらせ、故人の唇を湿らせます。

この違いがなぜ生じるのかというと、神道の方では神聖なる植物である榊を伝わらせて水を飲ませることで、水を用いて「死の穢れを清める」意味合いがあったからだとされています。

 

2-2神に死亡を報告する儀式、帰幽奉告(きゆうほうこく)

次に真っ先に行なうべきは、神様に故人の死亡を伝える儀式、帰幽奉告です。

なお、その際に大事なこととして、喪主その他遺族は『気枯れ(エネルギー、活力、生命力そういったものが低下した状態)』の状態にあるので、自宅の神棚や氏神となる神社の神職の方に奉告はできません。

そのため、親族の年配の方に代理を頼み奉告します。

このとき、斎主となる神職の方の都合も必ずお聞きしておいてください。

また、この奉告の際に故人の経歴を詳しく聞かれるかもしれません。

斎主が祭詞(神葬祭のときにあげる祝詞のようなもの)を作成するために必要な内容だからです。

極力故人の経歴を記載したメモを持参するようにしておきましょう。

 

2-3北枕に安置し、死後の安寧を祈る枕直し

次に、北枕に故人を寝かせますが、これは仏教の影響です。

遺体には白い着物を着せて顔に白い布をかけ、足には白い足袋を履かせます。

もしも枕元に屏風がある場合、若しくは置ける場合は上下をさかさまにして置きます。

そして同じく守り刀を枕元(刃は故人の側には向けません)に置き、案という白木八足の台の上に灯明を置き、火をともします。

なお、同じ台に故人が生前好きだった常餞(じょうせん・お供え物)と水・塩・神酒・榊を置き、枕飾りとします。

 

2-4死のケガレを神棚につけないための、神棚封じ

家族の誰かが死亡した場合に、死による穢れを神棚につけないために、神棚に白い紙を貼って封印することを「神棚封じ」と言います。

昔は、家のものは気枯れしているために第三者がするものとされてきましたが、現在では家のものが行なうようになりました。

この白の紙は忌明けまで貼っておき、忌明けとともに取り除きます。

この間、神棚は閉ざされていますので、通常のお祭りは中断します。

 

2-5遺体を清め納める、湯灌の儀と納棺の儀

葬儀を始める前日の夜、湯灌の儀の後に納棺の儀を行います。

湯灌の儀とは故人の体を清める儀式、納棺の儀は故人のご遺体を棺に納める儀式です。

納棺の際は、棺の中に新しい布団を敷いてご遺体を寝かせ、生前に愛用していた品々なども共に棺に納めます。

この際に、男性なら笏を持たせて烏帽子を被せ、女性なら扇を持たせて「神様の形」を作るようにします。

遺体が硬直やドライアイスなどで固まっている場合は、衣装は被せるだけ、烏帽子は棺に入れるだけになることも多いです。

 

2-6通夜祭、遷霊の儀

通夜祭とは、仏式における通夜にあたるもので、遷霊の儀とは、故人の霊を霊璽(れいじ)に移し、留める儀式です。

 

(1)修祓の儀~斎主一拝

まず神職の方がおいでになって、修祓の儀(おはらい)をされます。

次に斎主の方が一拝をされますので、それにあわせて頭を深く下げます。

 

(2)遷霊の儀

遷霊の儀が始まると、場内の明かりが消されて、厳かな雰囲気の中で儀式が行われます。

この間は諸員平伏と言って、低頭しなければならない決まりがあります。

棺の周りに漂っていた御霊(みたま)は霊璽に移されます。

霊璽は仏式でいうところのお位牌にあたります。

 

(3)献餞の儀

次に献餞の儀が行われます。

神様へのお供え物がされます。

ちなみにこのときにお供えされるものには、お米、お酒、お魚、海菜(昆布とか海苔)、野菜、果物、お塩、お水(他には、お菓子など)などがあります。

極力国内産のもので、旬のもの、気持ちのこもったものが良いとされているようです。

 

(4)玉串奉奠(たまぐしほうてん)

玉串を神に捧げる儀式です。

仏式で言うところの焼香に当たります。

喪主、遺族、親族、会葬者、最後に斎主が行なうのが一般的な順序となります。

玉串を捧げたら2礼2拍手1礼し故人をしのびます。

このときの拍手は「しのび手」と言い、音を立ててはいけないものですので、気をつけましょう。

 

(5)撤餞の儀(てっせんのぎ)

お供え物が下げられますが、東京の神葬祭では翌日もほとんど同じお供え物であったりしますので、この儀が省略されることもあります。

 

(6)再び斎主一拝~神職退下~閉式

再び斎主の一拝があります。

深く頭を下げましょう。

それが終わると神職の方々が下がられます。

閉式したら喪主は係の方に御礼をしましょう。

 

(7)通夜ぶるまい~解散

お清めと一般に呼称します。

仏教と違う神葬祭ならではの特徴としては、神葬祭には精進料理の概念がないことが挙げられます。

つまりお魚のお寿司でもお肉でも自由に食べることができるというわけです。

 

2-7葬場祭、一般の参列者も参加可能

翌日は葬場祭から始まります。

これは仏式における「葬儀・告別式」にあたります。

神道における葬儀のメインはこの「葬場祭」にあると言っても過言ではありません。

詳しい流れは長くなるため後述します。

 

2-8出棺祭

葬場祭が終わると火葬場に向けて出棺しますが、本来の神葬祭では出棺は夜とされ、松明をかざした葬列を組んで出棺祭が行われました。

昨今では出棺も昼間に行われることが多くなったため、出棺祭が行われることはほとんどありません。

一般的な葬儀と同様に、喪主または遺族代表が参列者に御礼の挨拶をし、親族の方々が棺を霊柩車に移して火葬場へと向かいます。

なお、このとき火葬祭のための榊、葬具、銘旗(読みはめいき・死者の姓名や官位などを記した旗のことです)遺影・神餞(読みはしんせん・神様へ捧げる飲食物という意味です)も忘れずに持参しましょう。

 

2-9火葬祭

棺を火葬炉の前に安置して神饌を供え、斎主が祭詞奏上し、遺族が玉串奉奠・拝礼をした後に火葬に付されます。

骨上げは仏式の場合と同じく、斎場側で用意した箸を用い、2人一組で行います。

故人と関係の深い遺族から順に、足元の骨から上半身の骨へ向かって拾っていきます。

参列者全員が骨上げを行ってもまだ拾うべき骨が残っている場合には、再び縁の深い遺族がペアで拾っていきます。

骨上げの最後は、喉ぼとけ(正確には、第二頸椎)です。

喪主と、次にかかわりの深い遺族がペアで骨上げをします。

特記や曲線の感じが仏様の座禅している姿に似ていて、それが発見されて以降この骨を大切にして最後に骨上げする習わしになったそうです。

本来、神道の葬儀は土葬などにされることが多いのですが、徳川幕府に仏式の葬儀が奨励されて以来、火葬が一般の人たちの間にも広まりました。

それは現代の今においても変わっておらず、神道の葬儀でも火葬が行われることがほとんどなので、神式の葬儀をやるときにおいても骨上げは省かれず、仏式のやり方がほぼ採用されているようです。

 

2-10埋葬祭

神葬祭では火葬して骨上げした遺骨を、そのまま墓所へと埋葬するのが本来の手順です。

埋葬祭はその名の通りに、お墓に遺骨を埋葬する儀式です。

まずお墓の東西南北に忌竹(読みはいみたけ、神事の際に不浄を防ぐために斎み清める場所に立てる竹で、葉のついた青竹にしめ縄を張り、紙垂(しで)を垂らしたものです)を立てて、しめ縄で囲い、灯明を立てます。

次に遺族が銘旗、墓誌(死者の事蹟などを書き記したもの)とともに骨を埋葬した後、墓標を立て、喪主がお供え物をして墓前を飾ります。

そうしたら次は斎主から祭詞(※)の奏上が行なわれ、斎主の玉串奉奠に続いて、喪主と以下遺族が玉串を捧げ、最後に斎主が一拝して終わります。

※祭詞とは・・・故人の経歴や死因、立派な人物であったこと、多くの人がその死を悼み哀しんでいること、その気持ちの表れとしてたくさんの供え物をしていること、最後の別れに榊の葉に涙を添えて玉串を手向け賜ること、などが盛り込まれた祝詞のことです。

 

2-11帰家祭

火葬・埋葬を終えて自宅に戻った喪主と遺族は門口で手水をつかって手指や口を清め、斎主のお祓いを受け清め塩をまいてから家の中に入ります。

これを帰家修祓(きかしゅうばつ)の儀と言います。

新しく作られた祭壇に御霊代(みたましろ)もしくは霊璽、もしくは家に持ち帰った場合には遺骨、そして遺影を安置します。

花や神餞、榊、祭具などを供え、斎主が祭詞を再度唱える中、玉串奉奠がまた行われます。

最後に斎主が神葬祭が無事終了したことを霊前に報告し、これで葬儀が終わりとなります。

 

2-12皆で一緒にお神酒を戴き神饌を食する直会(なおらい)

「直会」は、お世話になった神職の方や世話役の方などの労をねぎらって催す宴です。

仏式でいうところの「通夜ぶるまい」や、「精進落とし」にあたるものです。

神葬祭では、喪家で火を使うことは禁止されているため、料理は仕出し屋さんに頼むなどして用意をします。

なお、神道には精進料理の概念はあてはまらないため、肉や魚を使ったものでもかまいません。

また、同じ料理を霊前にもお供えします。

「直会」の意味として、神事を行っている間は心と身体が特別な状態になるため、それを「直して」平常に戻すという意味があり、また、神様に捧げたお神酒や神饌をいただくことによって身を清めるという意味合いもあります。

 

3「葬場祭」の流れとは


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神道の葬儀のメインとなる葬場祭、どのような流れになるかをみていきましょう。

 

3-1斎場の隔離準備

斎場は俗世から隔離された神聖なる場所である必要があるため、四方に忌竹と呼ばれる青竹を立ててしめ縄を張り、壁代(読みはかべしろ・目隠しの目的で用いられる幕のこと)をかけます。

祭壇には灯明、榊、餞を御供えし、脇に遺影を掲げます。

棺は祭壇の後方中央に安置し、故人の姓名、おくり名を記した銘旗を立てます。

 

3-2手水の儀で身を清める

葬場祭では式を始めるよりも先に、参列者の心身を清める「手水の儀」を行ないます。

これは上記の通り、斎場が神聖な場所であるため、そこに入る人々は俗世の穢れを落とし清めた後に初めて、斎場に入る資格が得られるためです。

清め方はまず、桶に入った御神水を柄杓(ひしゃく)ですくい、左手・右手・左手の順にかけ、最後に左手に注いだ水で口をすすぎます。

そして左手・右手の順で手を洗います。

再度左手で口をすすぎ、懐紙で口と手を拭きます。

 

3-3斎主・斎員入場

斎主(式のメインを司る最も高位の神職)と斎員(式次第を手伝う神職)が斎場に入場します。

 

3-4開催の辞

世話役の代表か司会者が開会を告げます。

 

3-5斎主による修祓(お祓い)

斎主がお祓いの言葉を述べ、斎場、神餞、斎員、会葬者全員にお祓いをします。

一同、頭を下げてお祓いを受けます。

 

3-6降神の儀

警蹕(読みはけいひつ、神様を降ろす際にその場にいるもの全員に神様の畏れ多さを警告し、深く頭を下げさせる警告の声)とともに、神となった故人が祖霊神とご一緒に祭壇にご降臨します。

神をお迎えしてお供えをします。

 

3-7斎主による祭詞奏上

奏楽が流れる中、斎主が故人の経歴や生前の功績を褒めたたえ、霊魂を鎮め、永眠を祈る祭詞を奏上します。

祭詞の具体的な内容は、まず故人がみまかられたことを謹んで御神霊にお伝えします。

そして生前のご遺徳をしのびその一生の功績をおたたえ申し上げ、次に親族や列席者の方々が驚き戸惑い悲しんでいることを伝え、最後には生前の功績に感謝してお祀りをいたしましたので、心を安んじられて神となり、今後は一族を見守る神としてお働き下さいというものです。

参列者一同は深く頭を垂れて拝聴します。

 

3-8誄歌(るいか)奏楽

故人を哀悼する誄歌を奏上するものです。

誄歌とは笏で拍子を打ちながら歌われる御神霊の心を和ませ敬意を持って哀悼の意を表す歌のことです。

 

3-9弔辞奉呈、弔電音読

弔辞の朗読や弔電の披露を行います。

 

3-10玉串奉奠(たまぐしほうてん)

斎主・喪主・遺族・親族・弔問客の順に玉串を神前の台に捧げ、二礼二拍手一礼をして下がります。

ここでもやはりしのび手は必須です。

忘れないように気をつけましょう。

 

3-11昇神の儀

警蹕を行いながら祝詞を唱え、ご神霊におかえりいただく儀式のことです。

 

3-12斎主・斎員退出

斎主と斎員が退出されて、ひとまず葬場祭は終わりとなり、出棺祭へと続きます。

 

4神葬祭の歴史とは?


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神道とは太古の昔に発祥したものですから、当然長い歴史があります。

他の宗教のように、文字による明確な教えや教義といったものが存在しないので、その歴史も若干たどりにくいのですが、できるだけわかりやすく、以下にまとめていこうと思います。

 

4-1最古の神葬祭

記録に残る最も古い神葬祭の記録は、『古事記』にある、天若子(あめのわかひこ)の葬儀です。

大体のあらすじを紹介します。

不遇の死を遂げた天若子の死を悼んだその妻・下照比売(したてるひめ)の泣く声が神々の住む場所・高天原(たかまがはら)まで届きました。

高天原にいらっしゃった天若子の父・天津国玉神(あまつくにたまのかみ)とその妻子がその泣き声を聞き、地上へと降りてきて共に嘆き悲しみ、皆で喪屋(太古の習俗で、葬式の日まで遺体を仮に安置する場所)を作りました。

そして、川雁を食事を運ぶ係に、鷺を掃除係に、翡翠を神に供える食物を用意する係に、雀を米をつく係に、雉を葬送時に号泣する女の役にそれぞれ任命して、八日八晩の間踊り食べて飲み遊んで、死者を悼んだ・・・というのがその内容のようです。

このときには未だ、故人を祖霊神と成すということは行われていなかったようです。

 

4-2仏教伝来以降~江戸時代前期

仏教の伝来以前の様子は、上記古事記などで当時の葬式の様子がうっすらとわかる程度ですが、仏教が伝来してからは急速に仏教式の葬儀が普及し、江戸時代になると幕府によりキリシタン対策のための寺請制度(人々は必ずどこかのお寺に所属しなければならないという制度)が強制されました。

各村の寺院が村人を管理する権力を与えられた形になり、葬儀の斎主は完全に仏教寺院に委ねられました。

 

4-3江戸時代後期~幕末にかけての神葬祭のあり方

江戸時代後期になると、昔のものを蘇らせようという復古思想が台頭してきており、古い国の歴史や昔ながらの学問が盛んに研究されるようになり、その結果として檀家を離れて神道独自の葬儀をしたいという要望が全国の神職に広まりました。

これはいわゆる神葬祭運動というもので、幕府は吉田家から許可状のある神道者とその後継ぎのみに神葬祭を行うことを許可しましたが、社会全体としてはまだ依然として仏教式の葬式が採用されており、幕府の基本方針にも変わりはありませんでした。

 

4-4明治維新以降

大きく事情が変わり始めたのは明治維新以降のことでした。

廃仏毀釈により神道は国教として復権し、神葬祭が政府によって推奨されました。

結果、神葬祭専用の斎場として青山霊園が設立されたのは有名です。

また、仏教の習俗であるとして火葬も禁止されました。

しかし、江戸時代からの慣習はなかなか改め難いものがあったのか、火葬禁止はさほど広まらず、禁止令も2年ほどで解禁されることとなりました。

地域によってはこの時代に、廃仏毀釈や神仏分離にあわせて、地域ごと神葬祭に改宗したところもあります。

大日本帝国憲法には、限定されてはいましたが信教の自由も認められていたため、江戸時代のように強制されることはありませんでした。

 

5神葬祭、使ってはいけないものやことばとは


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仏式の葬式にも忌み言葉があるように、神葬祭にも使ってはいけないものや使わない方がいい言葉が存在します。

知らずにマナーを破ってしまうことの無いように気をつけましょう。

以下に特筆していきます。

 

5-1仏教、または仏教の用語に関わるもの

・数珠は使わない

仏式の葬式では定番になっている数珠ですが、神葬祭では使いません。

数珠はもともとお坊さんがお経をお読みになる際に、数を数えるために使っていたものなので、神道には必要ありません。

・線香や仏花は供えない

仏式の場合は線香や仏花を供えますが、神葬祭の場合は線香や仏花は使えません。

ご焼香のかわりに、玉串奉奠が行われます。

 

5-2神葬祭に使うには適していないもの

・あいさつなどで「成仏」「冥福」「供養」といった言葉を使ってはいけない

死に対する考え方が神道と仏教では違います。

神に成るわけですから成仏は意味としてそぐいませんし、仏教の天国にいくわけではないので冥福もあてはまりません。

供養される存在というよりむしろたたえ崇められる存在になるわけですので、やはりこれもあてはまらないでしょう。

適さない言葉は使わないように気をつけましょう。

 

5-3忌み言葉

これは仏教とも共通するのですが、葬儀で使ってはいけない忌み言葉は神道においても忌み言葉とされます。

(1)重ね重ね、重々、次々、再三、いよいよ、くれぐれも、ますます、たびたび、返す返すも・・・のような重ね言葉

 

(2)再び、再々、引き続き、続く、追って、追いかける、また、次に、なお・・・などの繰り返すことを連想させる言葉

 

(3)死去、死亡、生きる、死ぬ、急死、突然死、事故死、御存命中、自殺・・・などの直接的な表現

 

(4)4や9などの縁起の悪い言葉

 

6神葬祭についての色々


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神葬祭ならではの決まりごとというのも存在します。

一つ一つ見ていきましょう。

 

6-1贈答品などの表書き(玉串料など)の書き方

神葬祭の参列者が持参するお包みの表書きは、「御霊前」あるいは、「御玉串料」や、「御榊料」、「御神前料」、「御神饌料」などと書きます。

市販のものには蓮の花の絵柄がついている仏式用のものが多いようですが、神葬祭においては、蓮の花の咲く仏教的な天国へ故人がいくということにはならないので、蓮の花の模様のないものを選びましょう。

神職への謝礼の表書きは「御祭祀料」もしくは「御礼」と書きます。

 

6-2水引の種類の選び方

・水引つき不祝儀袋の場合

水引は黒白(5本か7本)、双銀(7本か10本)双白(5本か7本)の結び切りがついた不祝儀袋を使用します(金額により使い分けてください)。

・水引を印刷した不祝儀袋の場合

水引は紫銀(5本か7本)の結び切りがついたものを使用します。

地域によって白無地・黄白の水引を使用することもあります。

※繰り返しになりますが、くれぐれも蓮の模様のついたものは使わないようにしましょう。

 

6-3斎主の服装について

神職の服装というと白一色か、泡めの色一色、または白の上衣に下は色様々な袴という印象が一般に知られていますが、神葬祭の時の服装は、鈍色(にびいろ、もしくはにぶいろと読みます)というグレー系の凶服(きょうふくと読みます、葬儀や喪の時に着用する装束のことです)を着用します。

具体的には、鈍色の衣冠、鈍色の布衣(ほいと読みます)、鈍色の格衣などが凶服とされ、装束としての構成は普段着用する組み合わせである祭服、狩衣、格衣と同一で基本的にはそれらの装束が鈍色・無紋になっただけです。

ただし、鈍色の衣冠の冠(かんむり)については、通常の衣冠とは形状に違いがあります。

神葬祭では冠の纓(えい、と読みます。冠の後ろに尾のようにつける道具です。さまざまな種類があります。)が後ろに垂れずくるりと丸まっている巻纓の冠を着用します。

それ以外の神事では垂纓(纓が冠後方から後ろに垂れている)の冠を用います。

このように、神葬祭というものは、斎主の服装に至るまできちんと定められているものです。

故人を祖霊神にお祀りする際に、真剣な祈りを込められるように、装束も専用のものが定められているということでしょう。

 

7まとめ


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まず、神葬祭とはどういうものなのかについて、性質や意味について説明をしました。

次に、仏式の葬儀とはどのように違うのかを説明していきました。

神葬祭は故人を一族を守護する祖霊神に祀りあげる儀式であって、故人を仏の弟子として天国へ送り出す仏式の葬儀とは全く違うものなのです。

次に、神葬祭の流れについて説明をしていきました。

末期の水の取り方一つをとっても、神道と仏教ではやり方に違いがあることや、他にもいろいろと仏教とは真逆の点があり、対比することにより仏教と神道との間にきっちりとした区別をつけることができるでしょう。

けれども一方で、死後が安らかであるようにと願い、祈りを込める気持ちには、神道にも仏教にも変わりはありません。

次に述べるのが神葬祭の歴史です。

神葬祭は、仏教が伝来して以降から江戸時代にいたるまでの長い長い間、神葬祭は行なわれることがとても少なくなっていました。

それがやがて、国教に神道が採用されるなどして、神葬祭が推奨されて以降、改めて神葬祭に注目が集まるようになりました。

その他、神葬祭ならではの決まりごとなどもありますので、最後に述べました。

これらの記事を読むことで、神葬祭についての定義や細かな流れ、歴史からマナーに至るまで幅広く知識を深めることができると思います。