神道の葬儀に参列するとなると、神道とは何なのか、仏式の葬儀とはどう違うのか、守るべきマナーは何なのかなど、次々にわからないことが出てきて戸惑いがちですよね。

かといって準備にかけられる時間は限られていますし、あまり悩んでいる余裕もないのが余計に悩ましいところです。


しかしそれらはこのページを読んであらかじめ知識を得ることで解決することができます。


これから、「神道についてや、神式・仏式の葬儀の違いや、神道の葬儀に関するマナーや、神道の葬儀にかかる費用、神道の葬儀の流れ、神道の葬儀後、お墓はどうすればいいか」などを、丁寧に説明して行こうと思います。


このページをしっかりと読むことで、神道の葬儀に関する細かなことから主な流れ、マナーなどを深く知っていくことができます。

是非とも、神道の葬儀についての知識を深めていただきたいと思います。


-- この記事の目次 --

1神道について

2ここが違う、神式葬儀と仏式葬儀

3神道の葬儀に関するマナー

4神道の葬儀の費用、どのくらいかかる?

5神道の葬儀のお墓について

6【番外編:神道について、より深く知ってみよう!】

7まとめ

1神道について


出典元:http://www.ashinari.com/2014/08/22-390010.php  

神道について、普段からよく聞いたり生活の中に深く根付いていたりして無意識のうちに知っていることはあるかもしれませんが、あらためて神道とは何かと問われると、どう答えていいかよくわからないことがあると思います。

「日本人は無宗教だ」と外国の方から言われがちなのは、神道的な物事の説明を意識立てて論理的に説明することが難しいからです。

聞かれたら誰にでも説明ができるように、これから説明をしていきます。

 

1-1神道とは?

神道とは、日本民族固有の神々への信仰、信頼を有する生き方です。

縄文時代からの自然崇拝や精霊信仰などから発生し、現代まで続く民族宗教であり、日本人の生活文化のすべてに浸透しており、しかも外来の文化を受け入れて深く和していくという力を有しているものです。

 

1-2とても密接、神道と日本人の日常生活!

日本人は、お盆もお正月もクリスマスもハロウィンもバレンタインもイースターも、等しく受け入れて楽しみます。

仏教徒であっても、正月に初詣に行くことはなんのタブーもありません。

お盆とハロウィンは、仏教とキリスト教との差こそあれ、どちらも死者に関する祭礼であるのに、両方を行ってもよかったりと、かなりの自由さ、柔軟さがあります。

このような柔軟さ、様々なものとの共存ができるのも、日本人の精神の根底にさまざまなものを広く認め受け入れて馴染ませる、神道の考え方が深く根付いているからなのです。

 

1-3日本人の死生観

神道は日本人の生活の中での自然崇拝や精霊信仰、先祖崇拝の中から生まれてきたものですので、仏教やキリスト教と違って開祖がいるわけでもなく、教義や経典があったり、論理的に体系化されているわけではありません。

ですから、神社によって、地方によって、さらには斎主となる神職によって、葬儀の進め方が異なることがあります。

仏教の多くは、この世ではない「あの世」を想定して、その仏国土に死者を仏弟子として送り出すのがもともとの役目でした。

神道にも「黄泉の国」という概念がありますが、それらはあくまでも概念であり、同じ神道を信じる人たちの中でも、人はもともと存在の根拠や意味などには関知する必要はなく、神の御心のままに操作されている人形なのであり、したがって死の恐怖や不安はないとし、あの世にまったく期待を寄せない本居宣長のような人もいます。

かと思えば真逆に、霊魂は不滅で幽冥界に在り続け、死後にも現世の人と祭りなどを通して交流ができるという平田篤胤のような人もいて、考え方はそれぞれに異なり、自由です。

日本人の死生観というのは、つまりは、「人は死ぬと神になる」という考え方です。

住んでいる地域が山か、町か、海かによっても違いが生じてきますが、日本人の死生観の中心は人の魂は死ぬと山に留まる、という信仰です。

林業の盛んな町では、人が死ぬと山に土葬にしてそこに杉を植え、卒塔婆を立てます。

33回忌を済ませるとその卒塔婆は倒されます。

なぜならばもうすでに、その人の魂は昇華されて村の神となって子孫の生活を見守ってくださる存在であるからです。

海に還る場合の信仰としては、沖縄や奄美諸島に伝わるニライカナイ信仰などが有名です。

ニライカナイとは聞き覚えのあまりないものだと思いますので説明をします。

それは、遥かな東の海の彼方のどこかにあるとされる異界のことです。

豊かさや生命の源でもあり、神の世界でもあります。

年の初めにはニライカナイから神様がやって来て、年の終わりにニライカナイへ帰ると信じられており、生者の魂もニライカナイから来て、死者の魂はニライカナイへ去ると考えられています。

沖縄では死者の魂は死後7代して親族の守護神となるという考えが信仰されており、ニライカナイとはまた、祖先の霊が一族の守護神へと生まれ変わる場所でもあるようです。

山と海の違いはあれど、どちらも自分が主な生活の場としているところから生じてまたそこに還ってゆくという点においては共通するものがあります。

緩やかにめぐりゆくいのちの輪廻は、大自然と良く融け合っています。

四季の恵み豊かな日本で育った考え方であると言えるでしょう。

2ここが違う、神式葬儀と仏式葬儀


出典元:https://www.pakutaso.com/20140232043post-3818.html

神式の葬儀と仏式の葬儀とでは、基本となる考え方が違うため、様々なところで違いが見受けられます。

一つずつ説明をしていきたいと思います。

 

2-1子孫や家を守護する神になるか、仏に帰依するか

神式の葬儀では葬儀が行われた結果、亡くなられた方は子孫や家を見守る祖霊神となります。

仏式の葬儀では葬儀が行なわれた結果、仏に帰依し出家して仏弟子となるので、その点からも大きく異なります。

 

2-2お線香の意味と玉串奉奠(たまぐしほうてん)

仏式では仏前にお線香をあげますが、それには以下のような意味があります。

(1)故人の食べ物としての意味

お線香の香りは、故人の食べ物として考えられています。

そのために、亡くなってから死後の行き先が決まり仏の世界へ旅立つまでの間とされる四十九日の間は、絶やすことなくお線香を焚いておこうという風習があります。

現在では様々な香りのついたお線香もあり、故人が好きだった香りを混ぜて線香として焚けば故人にも喜ばれるのではないでしょうか。

はちみつやイチゴミルクの香りの線香も存在します。

格式の高い葬儀の際には使用は難しいかもしれませんが、故人を悼む私的な場で使用するには問題がないと思います。

また、線香ではないですが、故人の好物を模したものとして桜餅やケーキ、リンゴジュースやビールなどにそっくりのロウソクも存在します。

これは生ものは仏前や墓前にお供えすることは難しいために、少しでも工夫を凝らして故人の好きだったものを形なりとも似せることができるようにと、お線香と似たような意味合いで作られているものだと思います。

 

(2)自身の身を清める意味

お線香はまた、お線香をあげる人自身の心身を清める意味も込められています。

お線香そのものが放つ香りによって、お線香をあげる人自身の匂いも消されますよね。

故人への挨拶をする前にお線香に火をともすことで、俗世で汚れた心や体を、お線香の香りで清めることができるのです。

 

(3)仏様とつながる機会

お線香をあげるという行為は、仏様のお弟子となった故人と心を通わせる場でもあります。

お線香の香りが故人の食べ物となるように、お線香をあげる人の心と仏様を、お線香の香りでつなげることができます。

自身の身を清めた後は、穢れなき心で仏様と向き合い、近況報告や、生前に話せなかったことなどを伝えましょう。

このように、お線香をあげるという行為には、故人を大切にし真面目な気持ちで供養をするという姿勢を感じることができます。

一方で、神式にはお線香を使いません。

数珠も持って行ってはいけません。

代わりに、玉串奉奠を行います。

玉串を神前に捧げ、礼拝して祈念することを言います。

どちらも、故人への哀悼の意を表すものである行為であることには変わりはありません。

 

2-3戒名ではなく諡(おくりな)をおくる

仏式では故人には戒名がおくられます。

戒名には、どんな戒名がつけられるかによって戒名料の差があり、それが仏教式の葬式にかかる費用に影響していたりもしますが、神道の葬儀においては、諡(おくりな)というものがおくられます。

男性では「〇〇〇〇大人命(うしのみこと)」、女性では、「〇〇〇〇刀自命(とじのみこと」という諡をいただきます。

〇〇〇〇の部分には生前の氏名が入ります。

大人命、刀自命が一般的ですが、それ以外にも逝去した際の年齢によって、区別されておくられますが、仏教式とは異なり、諡には料金は発生しません。

以下に詳しい諡を記載していきます。

・幼児期の場合は稚郎子命(わかいらつこのみこと)、稚郎女命(わかいらつめのみこと)

・少年期の場合は郎子命(いらつこのみこと)、郎女命(いらつめのみこと)

・青年期の場合は彦命(ひこのみこと)、姫命(ひめのみこと)

・成人期であれば大人命(うしのみこと)、刀自命(とじのみこと)

・老年期であれば翁命(おきなのみこと)、媼命(おうなのみこと)  

2-4読経ではなく祝詞が読まれる

仏教のお葬式ではお経が読まれますが、神道の葬儀の場合には祝詞が読まれます。

これは故人をその家の祖霊神とするための祝詞であって、内容は祝詞をあげる神社や斎主ごとに異なる内容であるようです。

 

3神道の葬儀に関するマナー



出典元:https://www.pakutaso.com/20160938246post-8903.html

神道の葬儀と仏式の葬儀は上述したように、意味合いが違ってきますので、守るべきマナーにおいても色々な違いがあります。

両方を同一視してしまって、葬儀の場で気恥ずかしい思いをすることのないように気をつけましょう。

 

3-1神道の葬儀の不祝儀袋についての注意点

神道の葬儀の際の不祝儀袋の表書きは、「御霊前」「御榊料」「御神饌料(ごしんせんりょう、神様への捧げもののことを神饌と言います)」、「御玉串料」、「御神前」と記します。

「香典」は使いません。

「御霊前」についてはどの宗教や宗派でも変わりなく使うことが可能ですので、もしも参列するお葬式の宗教や宗派が不明であるような場合には、ひとまず、「御霊前」と書いておくのが安心だと思います。

表書きは薄墨で記載します。

また、もう一つの注意点として、神道の葬儀の場合には、仏教でよくある蓮の花の絵柄のついた不祝儀袋は使用することができません。

なぜなら神道では故人は神になるのであって、蓮の花の多くあるイメージの仏教でいうところの天国に行くわけではないからです。

表書きを書くときは、不祝儀袋の水引きよりも上に「御玉串料」「御榊料」「御霊前」などと記載して、水引の下中央部分に、自分の名前をフルネームで書くところも、仏教と異なる点です。

 

3-2神道の葬儀に参列する際の服装は?

服装は喪服でかまいません。

男性ならダークスーツ、女性なら色やデザインの地味なスーツかワンピースでもかまいません。

ただし、靴やバッグには黒のものを使い、アクセサリーも真珠以外の光り物は身につけてはいけません。

急なことで駆けつけなければならなかった場合でも、アクセサリーの類は外すように心がけましょう。

 

3-3神道の葬儀で知っておいた方が良い作法

(1)手水の作法

祭場に入る前に行います。

たいていは手水舎が入り口付近に設けてあるので、そこで行ないましょう。

ひしゃくで水を汲み、左手・右手の順で手を洗います。

左手で口をすすぎます。

懐紙で手を拭きます。

これは、今から神聖なる場に入るために身を清めるという意味を持つ作法です。

 

(2)拝礼の作法(しのび手)

神主から玉串を受けたら、御霊前の台(案と言います)の前まで進み、軽くお辞儀をして玉串を案の上に置きます。

次に、二回深くお辞儀をします。

次に、拍手(かしわで)を音を立てないように気をつけながら二回打ちます。

これをしのび手と言います。

最後にもう一度深くお辞儀をします。

厳密には神社の御祭神や斎主によっても違ってはきますが、基本は二礼二拍手一礼です。

 

3-4神道の葬儀で使われる用語集

神道の葬儀では独特の用語が使われます。

いざ葬儀に臨んだ際に戸惑うことのないよう、以下に読み方と説明をしていきます。

壁代(かべしろ)・・・棺を囲む幕のことです。

伶人(れいじん)・・・雅楽などを奏でる演奏者のことです。

斎主(さいしゅ)・・・儀式を取り扱う神職のことです。

霊璽(れいじ)・・・仏式で言うところの位牌に当たるものです。

誄歌(るいか)・・・故人を追悼し、生前の徳を讃える歌ものです。

幣帛(へいはく)・・・神前に供えるものです。

修祓(しゅうばつ)・・・穢れを祓い清めることです。

生餞(せいせん)・・・洗米、塩、水、酒、餅、魚、野菜、果物など未調理の食べ物のことです。

常餞(じょうせん)・・・故人が生前好んで食べていたものです。

献餞(けんせん)・・・神前に物を供えることです。

徹餞(てつせん)・・・神前の供物を下げることです。

雅楽が流される間に、下げるようです。

 

4神道の葬儀の費用、どのくらいかかる?


出典元:https://www.pakutaso.com/20170113019post-10065.html

神道の葬儀は仏式よりも安いと言われることが多いです。

確かに戒名料は必要がないですし、斎主にお支払いするお礼金も仏式のそれほど高くはないところが多いようです。

実際にどれくらいかかるものなのか、見ていきましょう。

 

4-1葬儀社にかかる費用

神道の葬儀は、葬儀社でも行うことができます。

しかしながら、勘違いされがちなこととして注意点があります。

それは、神道の葬儀は神社では行われないことです。

神社は神のいらっしゃる神域なのですが、死というものは神様のいらっしゃる領域に持ち込んではならない「穢れ」に当たります。

そのため、神道の葬儀は神社では執り行われません。

よって、自宅か貸会場のいずれかで行われることになります。

金額を抑えたいなら、自治体の公民館などを借りて執り行うといいかもしれません。

ですが、最終的にかかる金額は仏式の葬儀のそれと大きくは変わらないのです。

大体100万~200万前後かかります。

そのため、安くなりそうだからという理由だけで神式を選ぶのは止めておきましょう。

複数の葬儀社で見積もりを取り比較をするのも必要なことです。

なぜなら、神式ということで別途に追加料金がされる可能性もあるからです。

そのため、数社に頼み、納得のいくプランや費用の見積もりを出してきたところに頼むようにしましょう。

 

4-2式場使用料

神道の葬儀については前述した通り、自宅で執り行うか、どこかの会場を借りて執り行うかの二択です。

そのため式場使用料はまちまちですが、自宅で行うのは、代々神道の葬儀を行っているお家でもなければ難しいと思いますし、参列人数や収容可能人数的な意味でも問題があるかと思われます。

ですから、慌てず葬儀社に相談しながら、予定人数に応じた適切な規模の建物を借りられるように検討をするのが無難だと思われます。

 

4-3斎主へのお礼

斎主へのお礼は表書きを「御礼」「御祭祀料」「御祈祷料」と記します。

金額は通夜祭~葬場祭(仏式で言うところの通夜と葬儀)まであわせて2日間ほど斎主を拘束することになるので、おおよそ10~20万円ほどと考えておくと良いかと思われます。

また、斎主の他にも斎員(その他の神職)がいる場合は、斎主に支払う金額の約半額をお包みするのが通例であるようです。

5神道の葬儀のお墓について


出典元:https://www.pakutaso.com/20111259363post-1046.html

神道のお墓は仏教のお墓と形はよく似ています。

その理由は、お墓を立てるということ自体が、宗教自体に付随しているものではなく、日本古来の風俗習慣である「祖先を祀る」という考え方に基づくものだからです。

 

5-1宗旨・宗派不問の霊園に立てましょう

まず、神道のお墓は神式であるため、寺の墓地には立てられません。

市町村が管理をする公営墓地ならば、宗旨や宗派を問わないところが多いですし、料金や維持管理費用なども安いのでお勧めです。

ただし、申し込みから実際に立てるまでの期間が長くかかる場合や、申し込みが殺到していてすでに墓地が満杯の場合なども考えられますので、前もってあらかじめお墓を立てられるかどうかの確認は済ませておきましょう。

 

5-2神道のお墓の特徴について

神道のお墓は家名などが刻まれている棹石の先端が三角形に細くとがっているのが特徴です。

これは角兜巾(かくときん)型といいます。

上部がとがっているお墓は神道のお墓であると考えてまず間違いがないでしょう。

お墓の付属品も異なります。

神道ではお線香をあげないため、香炉を置く必要はありません。

珍しいのは白木素材の八本の足でできた、お供え物をおくための八足台(はっそくだい)があることです。

ちなみになぜ八足なのかというと、神道には八を末広がりで縁起の良い数字であるとする考え方があるためです。

祖霊神様に捧げるためのお供え物の台なので、縁起の良い八足に、ということのようですね。

 

5-3刻まれる文字が違うこと

神道では戒名が用いられずに諡が用いられるため、一見して使われる文字が違います。

その他の点としては、神道のお墓には「〇〇家奥津城」または、「〇〇家奥群城」(読みはどちらも『おくつき』)と刻まれることが一般的です。

奥津城とは奥深いところにある外部から遮断された異界という意味を持っています。

つまりはお墓のことなのですが、主に神道のお墓のことを指しています。

(仏式は〇〇家之墓と記載されることが主のためです)

6【番外編:神道について、より深く知ってみよう!】


出典元:https://www.pakutaso.com/20140858233post-4479.html

神道の葬儀について今まで述べてきましたが、神道の考え方というのはまだ広く知られていないことが多いのです。

日本人の意識に深く根付いていて、意外に身近であるにも関わらず、「何となく難しそう」で知られていないのはとても惜しいことです。

ぜひとも理解を深めていただきたく、以下にトピックを設けました。

 

6-1神道の考え方

神道の考え方は、宗教というには教義的な教えのようなものがなく、むしろ古代人の「考え方」や「姿勢」を習慣化したものに近い、いわば「理想的な生き方についての考え方」を示したものだと言えます。

一般的な宗教との違いとは、信仰対象が八百万の神(ありとあらゆるものの中に宿る神様)であること、教義や経典が存在しないこと、布教活動がないこと、信仰物が依り代崇拝であること、などです。

そんな神道のユニークさの理由の一つは、その発祥が「アニミズム」と呼ばれる土着型の精霊信仰に由来していることにあります。

つまり、文字が生まれる以前の太古に発祥しているものなので、一般の宗教が「文字を持った人間を導くための文字による訓戒」とするならば、神道は、「自然との共生の中から生まれてきた原始的な感性」だと例えることができます。

これは神道が「教」ではなく「道」という点からも指摘することができます。

「教」であれば、なんらかの「~であるならば・・・しなさい」というように、その宗教なりの答えが存在します。

ですが、「道」は、茶道や武士道、柔道や剣道など、日本の文化のいたるところに見られます。

それらにもまた、終わりや明確な答えは存在しません。

ただ克己の精神があるのみです。

己を律し、安易な答えを他人に頼ることなく、自らの心の声を聞き、自問自答して自らを磨いていくのが神道の本質であり、終わりなき問いかけをしながら自分を律していくあり方こそがまさに「道」で最も尊ばれているものなのです。

こうしたことから考えると、神道は日本的な「道」の根源的な考え方を持っていて、日本の伝統文化に大きな影響を及ぼしていると言えます。

このような考え方は、欧米の方や現代の科学的な考え方からしてみると、非常にあいまいで非効率的であるかのように思われるかもしれませんが、それだけに「日本的」と言えます。

神道の考え方は日本人の生き方そのものに深く根づいており、もはや分かちがたいものだと言えるでしょう。

 

6-2古代アニミズムの継承

神道は、前述したとおり、太古の世界に見られた「アニミズム(精霊信仰)」に始まると言われています。

太古の世界では、そこに神様がいらっしゃると思えば、そこにはあえて足を踏み入れず、遙拝する形(絶対不可侵領域)をとってきました。

ある意味、そこに神様がいるとわかっていながらもそこへ行く欲求を抑えることができるということは、太古の人たちはそのような欲求に対する枷として、「畏れ多い」という考えを持ち合わせていたことがわかります。

この「畏れ多い」という考え方は現代の神社にも継承されており、神社のご神体に対しても、そこに神様がいらっしゃると拝みながらも、ご神体に手を触れたりはけしてせず、少し離れたところから拝むのは、こうした太古のアニミズムの影響だと言えます。

 

6-3現代に残るアニミズムの例

こうした神聖不可侵な場所という考え方は、今でも国内のいくつかの場所にて確認することができます。

 

(1)大神神社(おおみわじんじゃ)

奈良に鎮座する国内最古の神社の一つである大神神社、雄大な自然に囲まれた場所ですが、こちらのご神体は三輪山、そのものです。

昔は立ち入りは禁止されていましたが、今ではそのご神山であるところの三輪山への登拝は特別に入山料を払えば可能です。

ただし、入山可能な時間帯は午前9:00~14:00までと限られており、下山報告は午後16:00までに済ませるように決められています。

 

(2)宗像大社(むなかたたいしゃ)~沖ノ島

もう一つが、福岡で有名な宗像大社、その北部の海に浮かぶ離島、沖ノ島です。

この島は「神の島」と呼ばれており、島全体がご神体です。

現在でも女人禁制で、男性でも管理を受け持つ神職の方以外は、5月27日に海で禊をした200人しか島へは入れません。

また、島全体が天然記念物であるため、物の持ち込みや持ち出しも基本は禁止(島内にあるご神水だけは例外的に持ち帰り可)など、その不可侵さの管理の度合いは現代社会にあってもかなり徹底されていると言えます。

厳しい管理が徹底されている結果、縄文時代の遺構がそのまま保存されているので、幾度か行われた国の発掘調査では、数々の重要な遺物が出土されています。

出土された遺物の中には、地方豪族では入手困難なペルシア産のガラス盃なども含まれており、遥かな昔から重要な祭祀場であったことが伺えます。

別名を「海の正倉院」とも呼ばれています。

女性は大島(宗像大社から少し離れたところにある神湊ターミナルより片道約30分の距離にある離島)にある沖ノ島遙拝所から、沖ノ島を遙拝することだけが許されています。

女人が禁止されている理由は、ご神体が女性の神様だからであるという説もありますが、定かではありません。

 

6-4祖霊祭祀(それいさいし)~身近な「ご先祖様」崇拝について

神道には大事な要素として、「祖霊祭祀」というものがあります。

これはそのまま、ご先祖様をお祀りするということです。

ご先祖様と言っても直接の血縁関係があるご先祖だけを含むのではなく、過去の偉人にまでその対象を拡大するものです。

いわゆる天満宮の菅原道真公も、祖霊祭祀によって祀られ、崇められていると言えます。

 

6-5敬神崇祖(けいしんすうそ)~日本各地に息づく基本的な姿勢

敬神崇祖というのは、神道の基本的な姿勢です。

「神を敬い、ご先祖様を崇めましょう!」というもので、この畏敬の対象は自然社会に留まる「神霊」のみならず、人の「御霊」もまた同様に含まれます。

実際、今では夏の行事として定着している「お盆」も、今では単純に仏教の行事と思われがちですが、これも神道の敬神崇祖の考え方がもとになっているという捉え方もできます。

もともと先祖をお祀りする習慣があったのが、江戸時代の幕府令で祖霊祭祀の仏式化が奨励され、仏教の「盂蘭盆(うらぼん)」という仏式行事と集合した結果でそう変わってきた、ということです。

ちなみに本来の仏教において、ご先祖様を貴ぶという考え方は、必ずしもありません。

「正月には神様をお祀りし、お盆にはご先祖様をお祀りする」というのが、神道の二大行事とされていることからも、敬神崇祖が神道の基本的な姿勢であることがうかがい知れるでしょう。

7まとめ


出典元:https://www.pakutaso.com/20161119321post-9524.html

神道とは何かに始まり、一般にはあまり知られていない神式葬儀と仏式葬儀の違いについて述べました。

次に神道の葬儀独特のマナーについて説明をし、葬儀にかかる費用についても説明をいたしました。

そして葬儀の後に備えておかねばならないお墓のことについても、仏式のお墓とは事情が少し変わってくるのでそれらについて説明をいたしました。

最後に番外編としてですが、神道の考え方を理解するには必要不可欠な考え方や今に残るアニミズムの例などを載せました。

この記事を読むことで、神道と神道の葬儀について理解を深めていただくことができると思います。

多少なりともお役に立てば、幸いです。